1.基本味の認識がいちばん確か
味の中では、甘味・塩味・酸味・苦味・うま味の五基本味がいちばん味の認識が確かであろう。これらの味が特定の味覚受容体が与える感覚であることも大きいが、同時に日本では古くから5味(甘味・鹹味・酸味・苦味・辛味)の捉え方があったことにも影響されている。というのは、味の名称が確立し、その味名を使い続けることにより、味の認識が向上したと信じられるからである。
五基本味は世界中で共通の認識になっているので、誰でも知っていると思われるけれども、世界には味を表す言葉がないとか甘味を表す言葉しかない言語も多数ある。これらの言語を話す人達も、舌で受ける感覚は同じはずであるが、基本味の認識すら曖昧であるとか、甘味だけしか認識できないという。味の認識における名称の重要性を示す事実である。また、五基本味のうちうま味は、日本では確かな味とされているが、欧米では少なくとも一般の人は認識が曖昧である。彼等にとってはうま味が馴染みのない名称の味のためである。
2.物体の味でもわかる理由
基本味だけが味という通説があるけれども、実際には、日本人なら誰でもご飯の味とかレモンの味がわかる。しかも、あれこれ調べてからでなく、口に入れると直ぐにわかる。味は化学物質が呈するという常識からは不思議なことである。何故ご飯の味とかレモンの味とわかるのかは、誰も説明できない。とはいえ、犬を見れば、あれこれ調べなくても、一瞬にして犬とわかることと同じことと考えれば、不思議なことではない。我々は、モノを全体として把握する能力がある。ただし、この能力が身に付くためには、名称が必要である。モノとその名称の関係を繰り返し経験すれば、モノの認識が確かになる。物体の味に名前を付けて、それを繰り返し経験することができれば、物体の味でもその認識が向上することを示している。
3.においの名称
においの名称の現状も、上の指摘を裏付けている。においも味と同じように認識が不確かである。においでは、原臭や基本香は存在しない。したがって、嗅覚分野では、学術的にはにおいの名称は論じられない。同時に、においの名称を付けることに注文を付ける専門家もいない。このために、業務上のニーズや日常生活での必要性から、多様なにおいの名称を発展させてきた。多種多様なにおいの名称は、人はにおいを数万種嗅ぎ分けることができるという主張の支えとなっている。これらのにおいの名称は広く長く使用されてきたので、においの認識の向上に貢献したと信じられる。
4.日本語には味名が多い
日本人は、現在では多様な味名を活用している。筆者の調査によれば、活用している味名の数は調査時点で184種あり、6ケ国の中でいちばん多かった。間違いなく世界でいちばん多いといえる。日本語に味の名称が多いことは、日本人による味の認識の確かさを向上させていると信じられる。日本人が繊細な感覚の持ち主であることと、おいしさに関心が強いことも相俟って、日本人は味の認識が取り分け確かな国民になると見込まれる。
(2023年11月作成)