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味が存在する根拠となる事物



1.味は人による認識

 はじめに、味が人による認識であることを確認しておく。というのは、味はしばしば食品や物質の属性(特性)とみなされるためである。食品分野では特にその傾向が強い。日常的には、味は食品の属性と捉える方が理解し易いのであろう。

 とはいえ、味は食品からの感覚刺激が感覚器官で感覚情報に変換され、その感覚情報が脳に伝達され、さらに脳で処理された結果形成される認識である。属性は、脳内に形成された認識が、食品に写像されたものである。端的にいうと、人による認識が実像で、食品の属性は虚像である。

2.味の認識の捉え方
 味は人による認識なので、味の存在を確認するためには、本来は脳に形成された認識の存在を調べるべきである。ところが、認識の存在を直接捉えるのは、現在の科学でも不可能である。したがって、間接的に捉えるしかない。間接的に捉える方法として古くから行われてきたのは、@標準物質(呈味物質)の存在で確認する方法である。これを物質的根拠と呼ぶことにする。次に、生理学の進歩により受容体の解明が進んできたので、近年ではA受容体の存在など生理学的知見で確認することが重視されるようになった。これを生理学的根拠と呼ぶことにする。従来はこの二つが味を確認する方法とされてきた。ただし、これらはどちらも、認識の入力側での方法といえる。これとは別に、出力側での方法も考えられる。それがB言葉の存在により確認する方法である。これを言語的根拠と呼ぶことにする。以下では、この順にそれぞれの特徴を概観する。
  
3.物質的根拠(標準物質による根拠)
 物質的根拠は、味を呈する標準物質の存在に基づく。物質的根拠は、古くから行ってきた認識(感覚)の存在を確認する方法であり、代表的な方法といえる。一般には、感覚は物質の属性とされることが多いので、モノを特定する物質的根拠はわかり易い方法である、また、客観的といえる。

 たとえば色では、色票など実物を提示できるので、物質的根拠は明確である。現在では電子媒体に保存し再生することもできる。触感でも実物の提示が可能なことが多い。また、化学感覚の中でも、香りは標準物質が香りの存在する根拠として活用されている。

 一方、味については、標準物質だけでは味の存在する根拠とは認められない。たとえば、辛味の標準物質としてカプサイシンを挙げることができるが、辛味はしばしば味ではないと主張される。硫酸第一鉄は金属味の標準物質であるが、金属味も日本では味の一種とは認められていない。イチゴを提示しても、イチゴ味が存在する根拠とはならない。

4.生理学的根拠(受容体による根拠)
 生理学的根拠は、感覚刺激の受容機構などの生理学的知見に基づく。近年の生理学の進歩により、確かな根拠と信じられるようになっている。生理学的根拠は、典型的な科学的根拠になる。その代表的な知見は受容体の解明である。うま味受容体の発見は、うま味が存在する確かな証拠とされた。味の分野では、五種の味覚受容体が確認されて、五基本味の根拠とされた。色の分野でも三種の光受容体オプシンが立証されて、三原色の根拠にもなった。

 しかしながら、生理学的根拠の適用は、案外限定的である。まず、生理学的根拠は甘味や赤色のような感覚レベルの認識に限られる。知覚レベルの認識や認知レベルの認識が存在する根拠にはならない。そのために、色の分野では原色や基本色名に加えて慣用色名を活用しているが、慣用色名には生理学的根拠はなく物質的根拠によっている。

5.言語的根拠(言葉による根拠)
 言語的根拠は、言葉の存在に基づく。上の二つが認識の入力側のモノであるのに対し、言語的根拠は認識の出力側の事象である。言語的根拠は、認識からの表出といえる。認識からの表出として、味の分野では専ら生理的表出に関心が持たれてきた。ただし、基本味に起因する生理的表出に限られて、基本味以外の味の存在と関連付けられることはなかった。

 認識の表出には、もう一つ言語的表出がある。言語的根拠では、味の存在を言葉の存在で説明する。ここに言葉とは、味の日常用語であり、味を表す普通の言葉である。言語的根拠が味の分野で重要なのは、味の認識が不確かなためである。このために、味名は味の認識を反映したものであることが求められる。言語的根拠のある味名は、味の認識が共有されていることを意味する。すなわち、確かな味の認識を表している。

(2022年1月作成)