味覚は、広辞苑によれば「味覚器官に化学物質が刺激となって生じる感覚。塩味・酸味・甘味・苦味の四種の基礎感覚に分けられ、近年、第五の味覚としてうま味が認められる。舌の味蕾(みらい)が主な味覚の受容器で、顔面神経と舌咽神経を介して中枢に伝えられる。味感。」と長い語釈となっている。
栄養・食糧学辞典によれば、味覚(gustatory sensation)としたうえで「化学感覚の一つで、味らいを介して感知される。主に水溶性の化学物質を比較的高い濃度で受容する。食物に含まれる糖、アミノ酸、苦味物質、塩、酸などを感知し、可食かどうかの判断基準を与え、消化につながる生理反応を引き起こす。」と説明している。
味覚には、JIS Z 8144に規定がある。そこでは英語をtaste, gustationとしたうえで「化学物質が味らい(蕾)を刺激することによって引き起こされる感覚。」と説明している。
以上のように、各種資料の説明は概ね一致している。近年の生理学の成果を踏まえた説明であり、妥当といえるであろう。ただ一つ指摘しておくと、上の説明はいずれも感覚の内容(sensation
of taste)であって、感覚の種類(sense of taste)のことに触れられていない。味覚の一義的な意味は、感覚の種類である。
実は味覚は、不思議なほど広い意味を持っている。つまり@感覚の種類、A感覚のレベル、B感覚の内容、C食品の属性、D食品自体の5種類の意味がある。そして、B感覚の内容のウエイトが高い。Bの意味だけを持つ味感が、広辞苑だけでなく各種辞典でも味覚の同義語とされている。面白いことに、秋の味覚のようにD食品自体を意味することも少なくない。一方、他の感覚たとえば嗅覚や触覚の意味は@〜Bだけで、しかもBのウエイトは高くない。Cを意味することはほとんどない。Dを意味することなどは想像もできない。
味覚は比較的新しい言葉である。確認できる初見は哲学辞彙(1881年)である。面白いことに、訳語としてtasteとsense of tasteの2ケ所で採用されている。ただし、tasteの方には、心理学用語である旨の記号が付されている。味覚の意味に上のB感覚の内容のウエイトが高いのは、この辞書でtasteの訳語として採用されたことにも影響されたと推量する。当時、哲学辞彙を編集した東大文学部の権威は絶大であった。
味覚が登場する以前は、舌識が味覚に相当する語であったと考えられる。舌識は17世紀初頭に出版された日葡辞書に項目として採用されている。語釈は「Sentido
do gosto(sense of gusto:味覚)」となっているので、ポルトガルの宣教師には味覚と同じ意味と理解されたことが確認できる。なお、舌識は本来仏教用語であるが、日葡辞書では仏教用語であることを示す記号は付されていない。
味覚の感覚分野の常識、すなわち視覚や聴覚で形成された常識を踏まえている。したがって、味覚にに関するのは味覚だけであって、嗅覚や表在感覚が関与することはない。そして、認識のレベルも感覚だけである。この意味で、味覚は一元的な認識といえる。
味覚の定義は、JISの規定である「化学物質が味らい(蕾)を刺激することによって引き起こされる感覚」をそのまま採用する。ただし、この定義は上のB感覚の内容を意味する場合の味覚についてである。
(2019年9月作成)(2023年1月最終改訂)