慣用味名とは「言葉が存在することを根拠にした味の名称」と規定している。慣用味名は、色の分野で活用されている慣用色名を参考にした用語である。
色の分野では、色名を系統色名と慣用色名に大別して、原色や基本色では表し難い色を表現する途を拓いている。この分類を活用して、味名を基本味名と規範味名そして慣用味名に大別することを提案した。ただし、基本味名は規範味名の一部でもある。基本味の重要性を鑑みて、敢えて独立させている。色名の分類に準ずれば、規範味名ではなく系統味名となるはずである。しかしながら、系統味名を採用すると、ここに含まれる辛味・渋味・甘酸っぱい味・脂味などの関係が系統的とはいえない事実があり、不適切である。そこで、規範味名と呼ぶことにした。
慣用味名は、基本味名や規範味名に比べると、不確かという指摘がある。この指摘は必ずしも否定できないが、言葉が存在することの重要性を軽視した意見である。言語学分野で重視されている認知言語学によれば、言葉は概念を記号化したもので、概念は認識を基盤にして形成される。つまり、言葉の存在は概念や認識が存在することの根拠となる。
一方、基本味名は人間と動物に共通という意味で「動物の味」の名称である。これに対し、慣用味名は人間に特有という意味で「人間の味」の名称といえる。味は食品のおいしさとの関連で関心が持たれている。この意味では、「動物の味」よりも「人間の味」の方が重要である。
慣用味名の範囲は、以前に提案した「味の一覧表」にあった三つの大カテゴリーの一つである「食品一括味」と一致する。「味の一覧表」の分類とは別に、わざわざ慣用味名を導入したのには、理由がある。一つは、汎用性の高いカテゴリー名が活用できることである。もう一つは、官能特性の味と言葉の味名の関係を明示できることである。
まず、汎用性の高いカテゴリーに関し、従来は味だけを対象にしてきたので、用語も味が前提となっている。「食品一括味」にもその弊害が指摘できる。色の分野で使用されている用語であれば、汎用性が高くなるはずである。実際、慣用味名を採用したので、慣用香名の意味を考察することが可能になった。次に、味と味名の関係に関し、たとえば甘味にしても優しい味にしても、どちらも味の一種であるが、同時に味名でもある。この事実を説明するのは案外面倒であった。ところが、カテゴリー名に味名が付いていれば、一目瞭然である。
基本味名といえども言語に依存するので、基本味名は各言語で異なる。たとえば甘味は、英語だとsweet tasteである。とはいえ、基本味名の場合、日本語の用語には英語にも該当する用語がある。ところが、慣用味名は言語特性や食習慣にも依存するので、日本語の慣用味名が英語にもあるとは限らない。日本語の慣用味名を英語に訳しても、意味が通じないことも多いであろう。なお、アメリカ英語にも慣用味名が29種存在することを確認している。英語の場合、訳語よりも英語のままの方が、適切に理解されるであろう。
「味の一覧表」に含まれる味の分類を慣用味名と規範味名に仕分けると、大カテゴリー「食品一括味」の味は慣用味名に、大カテゴリー「単独物質味」の味は規範味名になる。問題はもう一つの大カテゴリー「複数物質味」の味であるが、現在は暫定的に規範味名に含めている。
現在の「味の一覧表」には、157種の慣用味名が含まれている。本項では、このうちイチゴ味、ご飯の味、風味、おふくろの味、優しい味、素朴な味、あっさり味について紹介する。これらの味が味の一種であることを実感して欲しい。
(2019年12月作成)(2021年7月改稿)