味講座 に戻る 1.味を表現する最初の味語は「甘い」 前ぺージも紹介した吉田は1)、同じ論説で「味の語を持つ言語は必ず甘味を持つ」と説明している。言い換えれば、味を表現する語で最初に生まれる語は、どの言語であっても甘味である。例外が存在する可能性は否定できないけれども、一般論としては正しいと信じられる。 ただし、最初の味の語が甘味というのは吉田の理解不足であろう。安本も「甘い」を挙げているように、感覚の表現では形容詞が先行するとされている。日本語でもまず、甘いの古語である「あまし」が登場した。 2.あまい(甘い)の対義語はからい(辛い) 言語学者によれば、日本語では、あまい(甘い)の対義語はからい(辛い)である。お酒の甘口辛口に、その名残がある。現在の生理学的知見からみると、甘いの対義語としては、苦いの方が相応しい。甘いの対義語が辛いというのは、現在では不自然である。 では、日本語では甘いの対義語が何故辛いとなっているのだろうか。これは、甘いが味の認識的側面だけでなくむしろ情感的側面も表現していたためと説明できる。つまり、好ましい味として甘い、好ましくない味として辛いと対比されたのである。だから甘いと辛いが対義語になり得た。 3.日本書紀の甘味 日本の資料における、甘味の初見は日本書紀である。日本書紀には甘味が2ケ所に登場する。そして、どちらも同じ表現で「食不甘味」となっている。この「食不甘味」は、「食べても旨くない」という意味であり、「食べても甘くない」ではない。つまり、初見での甘味の意味は、むしろ旨いであった。この事実から推察すると、伝来した当初の甘味には、味の認識的側面よりもむしろ味の情感的側面の意味合いが強かったのであろう。 4.甘味と旨さ 甘味は代表的な基本味である。ところが、学研新漢和大字典によると、「旨」の「ヒ」は匙を意味し、「日」は「甘」の変化したものとしている。つまり、甘いものを匙で舐めると、旨いのである。甘いは旨いの意味も持つという証拠は、これだけに留まらない。広辞苑の“うまい”の項では、表記として美いや旨いとともに甘いも挙げている。日本語入力システムATOKでも、“うまみ“で変換すると、「甘み」や「甘味」が候補語として表示される。昔からそして現在も、甘いには旨いの意味、すなわち味の情感的側面が含まれているのである。 1) 吉田集而:調味文化論, 美味学, 増成隆士・川端晶子(編),建帛社, pp.241-267 (1997). (2021年7月作成) |