味講座 に戻る 1.説明する理由 この項では、はじめに「味の情感的側面」の用語説明をしておく。というのは、味の情感的側面が本項での結論のキーワードであるが、あまり馴染みがないと思われるからである。議論の途中で用語説明をすると、その部分が冗長でわかり難くなる。 2.味の二側面性 味の情感的側面は、必ずしも新しい用語ではない。味に二側面性のあることは、以前から指摘されてきた。その代表的な用語が、生理的側面と心理的側面である。また、味覚分野の研究者は、一般に感覚的側面と情動的側面と表現する。 とはいえ、味の心理的側面が取り上げられるのは、稀である。というのは、味についての研究は、専ら味の生理的側面(認識的側面)を対象にしてきた。「味には五基本味がある」という場合は、味の生理的側面が対象となっている。科学的研究が専ら味の生理学的側面を対象にしてきたのは、近代科学が要素還元主義であることに起因している。心理的側面は、要素還元することが困難である。 心理的側面があるのは、味だけではない。他の官能特性も全て心理的側面を伴う。たとえば、「香りが良い」とか「触感が良い」というのは、香りや触感の生理的側面を表しているのではなく、心理的側面を表している。 3.情感的側面を採用した理由 味とおいしさの関係を的確に理解するためには、味の生理的側面よりも心理的側面の方が重要である。ところが、この議論を展開するうえで、心理的側面という用語は必ずしも適切ではない。というのは、味の心理的側面だと、用語の意味が抽象的で且つ広すぎるのである。もっと具体的な表現の用語が望ましい。 一方、味覚分野の研究者が使用している味の情動的側面だと、情動を司る扁桃体での評価だけに限られ、感情を司る帯状回や大脳新皮質前頭連合野での評価が含まれない。つまり、用語の意味が具体的ではあるが狭すぎる。 そこで、味の情感的側面を採用することにした。情感的側面に対応する用語は認識的側面である。改めて3種の用語の関係を整理すると、下表のようになる。
なお、味の情感的側面は率直に言ってやや硬い用語である。一方、味の認識的側面を表す語としては、味質も広く使用されている。この味質に対応させて、味の情感的側面を味情と言い換えることも可能と考えている。 4.情感的側面の意味 情感的側面の情感とは、ここでは情動と感情を包含した意味と捉える。情動とは基本味などにより引き起こされるいわば動物的な感情であり、感情はおふくろの味や優しい味などで引き起こされるいわば人間的な感情である。広辞苑では、情動は「怒り・恐れ・喜び・悲しみなどのように、比較的急速にひき起こされた一時的で急激な感情の動き。・・・」と語釈し、感情を「①喜怒哀楽や好悪など、物事に感じて怒る気持ち」と語釈しているが、凡そこの意味である。 なお、広辞苑では情感を「ものに感じて情のおこること。感情」と語釈している。この語釈では、情動が含まれていないようにみえる。広辞苑の情感の語釈は、本項でいう情感の意味とはやや異なる。 (2021年6月作成) |