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味の情感的側面こそがおいしさの泉源



1.おいしさと味の関係についての誤解
 食品の専門家は、「おいしさ」には五感が総合的に係わると説明する。たとえば、島田は1)「『五感』のすべてがフルに活動して、食べ物のおいしさに関係する情報を脳に伝えるのである」といい、山野は2)「その五感を通して引き出される快い感覚と、食べることのよって得られる喜びこそが『おいしさ』である」としている。

 「おいしさには五感が総合的に係わる」という説明自体が、間違っているわけではない。おいしさに五感全てが係わっていることは疑いない。問題は、「おいしさには五感が総合的に係わる」というと、五感が同じ程度に寄与していると理解されることである。実際、「おいしさへの寄与が大きいのは味よりも香りである」とか、「味よりも触感である」という主張が散見される。それほどでなくても、味が五感の一つ程度の役割しか担っていないように説明されることは多い。五感が係わるといっても、役割は自ずと異なっている。

2.おいしさの泉源
 五感とおいしさの関係について、筆者は「味の一覧表」を作成した経験から、おいしさにおいて、味が必須で中核的役割を果たしているという結論を得ている。この結論に、前ページまでに考察した内容を加味すると、おいしさには味の情感的側面が重要な役割を果たしているという結論を導くことができる。これをもっと端的に表現すると、「味の情感的側面こそがおいしさの泉源である」となる。

 こういうと、やや唐突に聞こえるかもしれないが、食品によるおいしさは、歌による感動とか香水による喜びと本来的に同じと考えれば、ご理解いただけるはずである。歌による感動を例にとると、歌を聴いて感動するのは、声(音)だけでない。歌い手の姿、振り付け、舞台装置にも影響される。聴く人の経験や会場の雰囲気にも大きく影響される。とはいえ、声(音)の情感的側面にその泉源にあるとしか考えられない。

 歌による感動も食品によるおいしさも快感の一種であり、本来的に同じと考える。従来は、おいしさだけを対象に考察してきたから、上手く考察を展開することができなかった。歌による感動や香水による喜びも同様と捉えれば、自ずと常識的な結論に至るのである。

3.結論の意義
 この結論の蓋然性は十分に高いと信じるが、あくまでも状況証拠に基づく仮説である。科学的根拠に基づいた結論ではない。とはいえ、現在の科学技術の水準では、おいしさを科学的に説明することは当分の間期待できない。一方で、おいしさには俗説・珍説が横行している。少しでも確かな情報の発信が必要である。そのためにも、蓋然性の高い仮説を提案してそれを精査し、より確かな仮説に仕上げる努力が求められている。

1) 島田淳子:油のマジック, 建帛社, pp.29-48 (2016).
2) 山野善正:おいしさの科学, Vol.1, pp.1-2 (2011).

(2021年7月柳本作成)