味講座 に戻る このページまでに、味刺激が味情報に変換される過程と、味情報が脳の中枢神経に伝達される過程を説明した。中枢神経系に伝達されると、直ちに味が認識されるわけではない。むしろ、この段階がいちばん複雑で重要である。そして、解明が遅れている部分でもある。このページでは、大脳において、甘味や辛味と共に風味やイチゴ味も含めて、味が大脳でどう認識されるかについて、分かっていることを説明する。 1.甘味(味覚性味:ユニモーダル感覚)の認識 脳内における味の認識については、研究が非常に遅れている。脳の仕組みが複雑で高度なためでもあるが、脳科学では感覚への関心が薄いためでもある。また、感覚の中では視覚と聴覚に関心が集中し、味覚や嗅覚はあまり注目されない。 味覚情報を伝える末梢神経と伝達された情報を処理する中枢神経(脳)の中継点は、延髄孤束核である。延髄孤束核からは、味覚情報を上位中枢神経に送る経路と情動発現や反射性活動に関与する経路に分岐する。前者の経路では、味覚情報は延髄孤束核から橋と視床味覚野(VPL核)を経て第一次味覚野(ブロードマン43野の島皮質と弁蓋)に伝えられる。この段階では「ふっ」とする意識はあるが具体的でない。 次に第二次味覚野(眼窩前頭皮質)に伝えられる。ここで、味の質と強さが感覚(認識)される。つまり、甘味と認識(感覚)できるのは、第二次味覚野である。ただし、あくまでも感覚であって、「甘い」とか「苦い」と言葉で表現するためには、言語野の係わりが必要である。日本人だから「甘い」と表現するのであって、アメリカ人であれば「sweet」と表現することからわかる。 第二次味覚野の情報は、さらに前頭連合野(の第三次味覚野)に伝えられる。ここで甘味を認識しているという見解もある。 なお、後者の経路としては、味覚情報は延髄孤束核から扁桃体にも送られる。扁桃体は、情動の座であり、おいしさとの係わりがある。また、その情報が反射性活動にも活用されている。 2.辛味(痛覚性味:ユニモーダル感覚)の認識 痛覚情報を伝える末梢神経と中枢神経の中継点も、延髄孤束核である。痛覚情報は、延髄孤束核(三叉神経主知覚核)で二次ニューロンにリレーし、視床のVPM核に投射される。さらに、内包を通って第一次体性感覚野に伝えられる。 第一次体性感覚野は、刺激を受ける体の部位により認識する脳の部位が異なっている。これは、感覚機能からみた体性感覚地図(ホルンクルス)と呼ばれている。だから、体の何処が刺激を受けているのかが分かる。また、体の部位の大きさと体性感覚野の部位のそれは一致しない。すなわち、指や唇などに対応する体性感覚野は相対的に広い。これらの部位が敏感な所以である。 第一次体性感覚野では、刺激のあったことだけが認識される。辛味では、受容体として温度受容体を活用しているので、辛味情報か温度情報かも区別していないであろう。 痛覚情報は、更に高次体性感覚皮質(体性感覚連合野、ブロードマン領野の7野)に伝えられるが、ここで辛味と感覚(認識)されている。ただし、その機能と辛味の関係はほとんど分かっていない。 3.風味(バイモーダル知覚)の認識 風味に関与するのは、味覚情報と嗅覚情報である。欧米では表在感覚情報もflavorに関与するとされているが、ここでは触れない。味覚情報と嗅覚情報が統合されると、しばしば風味と知覚される。異なるモダリティ(感覚種)の情報が脳内で統合されることがよく知られているのは、体性感覚情報である。この分野では、バイモーダル知覚(あるいはマルチモーダル知覚)がしばしば複合感覚と呼ばれる。風味が複合感覚と呼ばれることがあるのも、この影響であろう。ただし、この複合感覚は実際には知覚なので、用語として不適切である。バイモーダル知覚(双感覚知覚)と呼ぶのが妥当である。 味覚情報と嗅覚情報が統合されるのが、脳のどの部位であるかは明らかでない。というのは、感覚分野で脳科学の研究が進んでいる視覚や聴覚では、脳内で視覚情報と聴覚情報が相互に影響することは感覚間相互作用とか共感覚として知られているが、統合については研究が乏しいのである。味覚情報と嗅覚情報が統合されるのは、常識的には前頭連合野の第三次味覚野であろう。ただし、味覚情報に係わる第二次味覚野あるいは嗅覚情報に係わる嗅球や眼窩前頭皮質の可能性もある。また、視覚情報と聴覚情報が統合される場といわれるようになっている、中脳の上丘でも統合されている可能性がある。 統合された情報が、何故風味と知覚されるのかを説明できるような知見はない。 4.イチゴ味(マルチモーダル認知)の認識 イチゴ味は、マルチモーダル認知である。すなわち、イチゴ味には味覚情報と嗅覚情報に加えて各種の表在感覚情報も係わる。視覚情報や聴覚情報が係わる可能性も否定できない。そして、これらが統合されて形成された情報が、側頭連合野に保存されている記憶と照合される。その結果、イチゴ味と認知されるのである。付け加えると、イチゴ味と言葉にする場合は、言語野の係わりも必要である。 これらの情報処理をするのは新皮質前頭連合野である。ただし、このような一般論的な説明はできても、その仕組みの具体的な説明はできない。 (2021年6月作成)(2021年7月修正) |