味講座 に戻る 味に関する研究で、この30年間で最も精力的に取り組まれ、目覚ましい成果を得られたのが味刺激の受容体であろう。受容体が確認できれば、当該味が存在する科学的根拠になる。日本で提唱されたうま味が、国際的に基本味の一つ(umami)として認められたのは、うま味受容体の発見によるところが大きかった。 1.味覚受容体 1)甘味受容体 甘味受容体は1種類だけで、その構造はT1R2/T1R3である。T1R2とT1R3は、同種のタンパク質なので、T1R2/T1R3はヘテロ二量体と呼ばれる。受容体タンパク質は、一般に7回膜貫通型の構造をとることが多いが、T1R2/T1R3も同様である。このタンパク質はクラスCのGタンパク質共役型受容体(GPCR)で、T1Rファミリーに分類される。甘味受容体も、味細胞の生体表層側に所在する。 2)塩味受容体 塩味受容体は、複数ある。このうち、存在が確かとされているのは、ENaCとTRPV1tである。ENACは低濃度の塩味に機能し、TRPV1tは高濃度の塩味に機能する。その分岐は食塩濃度が1%である。前者の塩味は好まれ、後者の塩味は忌避されるので、塩味には複数の種類があるようにみえる。 3)酸味受容体 酸味受容体の数は定まっていない。これまで長く、存在が確かなのは、PKD1L3/PKD2L1とされてきたが、最近になってOTOP1が最も確かとされるようになった。基本味の受容体が定まっていないのには驚かされた。ただし、PKD1L3/PKD2L1も機能しているのか間違いだったのかは不明である。なお、上の塩味受容体も酸味受容体もイオンチャネル型受容体である。 4)苦味受容体 苦味受容体は25種類ある。これらはT2Rsと表記される。クラスAのGタンパク質共役受容体である。これほど多くの受容体が存在するのは、苦味は毒物のシグナルなので、見落とさないためと考えられている。25種類もの受容体が一つの感覚を引き起こすと信じられている。 5)うま味受容体 うま味受容体は1種類で、その構造はT1R1/T1R3である。お気付きのように、構造が上の甘味受容体と非常に似ている。この僅かな違いが、別の基本味の感覚を引き起こしている。なお、ハチドリは、うま味受容体を進化させて糖受容能を獲得したという報告がある。 6)脂肪酸受容体 基本味以外の受容体を、二つ紹介しておく。この二つの受容体は、味について何らかの役割を担っていると推定できるからである。 脂肪酸受容体として、比較的信頼されているのは、GPR120(G protein-coupled receptor120)と CD36(cluster of differentiation)である。ただし、どちらも脂味受容体を発見したと報告された。しかしながら、実験に使用しているリガンドは脂肪酸なので、脂味受容体と名付けるのは無理がある。筆者は、脂肪酸受容体と呼んでいる。なお、脂肪酸受容体からの情報がどのような感覚を呈するかについての報告はない。 7)カルシウム受容体 カルシウム受容体は、CaSR(Calcium Sensing Receptor)である。ただし、この場合も、受容体の存在が証明されているだけで、感覚の存在は確認されていない。何故、感覚が存在しない受容体があるのかは、説明されていない。最近、嗅覚受容体が舌(乳頭)にも発現していることが報告された。この事実がヒントになるかもしれない。 2.痛覚受容体 辛味は一つの味とされているが、受容体レベルでみると、少なくとも2種類ある。 1)辛味(カプサイシンなど)受容体 唐辛子の辛味成分であるカプサイシンの受容体は、TRPV1である。TRPV1は、約43℃以上を感知する温度受容体として知られている。唐辛子の辛味が熱い感じを伴うことは、これで説明できる。ただ、辛味は味の一種だと信じられてきた。この熱い温度感覚情報が辛味と認識される仕組みは説明されていない。 2)辛味(アリルイソチオシアネートなど)受容体 一方、山葵などの辛味物質であるアリルイソチオシアネートの受容体は、TRPA1である。TRPA1は、約15℃以下を感知する温度受容体である。TRPA1にアリルイソチオシアネートが結合すると、この受容体からの情報は、TRPV1の場合と同じように、辛味と認識させる。 補足.口腔外の味覚受容体 本サイトが辛味を味の一種としていることに疑問を感じている方には、知って欲しい事実がある。たとえば甘味受容体は、消化管とか膵臓など、消化やエネルギー恒常性に関わる器官にも発現している。しかしながら、これらの器官にある甘味受容体からの情報は甘味を呈しない。生体内調節の機能を担っている。また、苦味受容体も、気道や膵臓あるいは肝臓にも発現している。このように、味覚受容体が所在する器官は、十以上も知られている。そのうち味を呈するのは、口腔内に所在する味覚受容体だけである。そうすると、味を呈するためには、口腔内に所在する化学受容体であることが条件であって、味覚受容体であることは味覚(味覚性味)を呈するための必要条件にすぎないことになる。したがって、体の至るところに所在して痛みを生じさせている痛覚受容体が、口腔内に所在する場合は辛味(痛覚性味)を呈するのも納得できる。口腔内には少なくとも2つの嗅覚受容体が発現している。口腔内に所在する嗅覚受容体が味を呈しているかについての知見はまだないが、味またはその一部を担っている可能性は十分にある。 (2021年2月作成)(2022年11月3訂) |