味講座 に戻る 1.概要 マルチモーダル知覚(multimodal perception)を漢字で表わすと、多感覚知覚である。モーダルはモダリティ(modality)の形容詞形で、モダリティは感覚種である。モダリティは、岩波生物学辞典で「感覚における種別で、お互いに比較することができず、かつその間に移行が認められないもの」と説明されている。また、自立した感覚の総称ともいわれる。 2.味の理解におけるマルチモーダル知覚の役割 味覚や嗅覚は一つのモダリティであるが、触覚はそうではない。触覚(体性感覚)を構成する圧(触)覚、振動覚、痛覚などは、別々のモダリティである。一方、視覚と色覚は一つのモダリティである。 マルチモーダル知覚に対し、関与する感覚(モダリティ)が一つあるいは二つの時の用語はほとんど見かけない。確認しておくと、一つの場合はユニモーダル感覚で、二つの場合はバイモーダル知覚またはバイモーダル認知である。なお、バイモーダル認知やマルチモーダル知覚はあるが、バイモーダル感覚やマルチモーダル感覚はない。 マルチモーダル知覚を取り上げたのは、味には甘味などユニモーダル感覚だけでなく、風味やこげ味などのバイモーダル知覚、優しい味や素朴な味などのマルチモーダル知覚、そしてイチゴ味やおふくろの味などのマルチモーダル認知もあるためである。風味には味覚と嗅覚が関与する。優しい味には味覚と嗅覚そしておそらくは表在感覚も関与する。マルチモーダル知覚を使用すると、味覚だけでなく他の感覚も関与する味の概念をわかり易く説明できる。なお、マルチモーダル認知は、記憶との照合を伴う点でマルチモーダル知覚と区別している。 大切なことは、味覚情報と嗅覚情報が脳内で統合されると、ほとんどの場合、味と認識される事実である。バイモーダル知覚あるいはマルチモーダル認知であっても味と呼ばれるのは、このためである。 味覚情報と嗅覚情報の統合に関し、視覚情報と聴覚情報の情報統合において三つの法則1)が指摘されていることを知った。すなわち、①空間の法則、②時間の法則、そして③逆効力の法則である。①と②の法則は、空間や時間が近接していると、統合が強くなる。③はやや分かり難いが、二つの感覚の刺激が弱いと、両者の統合が強く生じるという。この三法則により、味覚情報と嗅覚情報が統合される仕組みをそのまま説明できる。 触感分野では、マルチモーダル知覚の代わりに、しばしば複合感覚が使用される。食品分野でも使用されることがある。複合感覚とマルチモーダル知覚を比較すれば理解されるように、複合感覚は複合感覚知覚の知覚が脱落した表現である。つまり、複合感覚は知覚の一種なのに、感覚の一種と誤解されてしまう。したがって、複合感覚は一般の人に使用するのは適切でない。 複数の感覚情報が脳内のどこで統合されるかは未だ知られていない。この分野で研究が進んでいる視覚と聴覚では、互いに影響するだけの感覚間相互作用や共感覚に関心が集中してきたためである。ただし、近年では、視覚情報と聴覚情報が中脳の上丘で統合されると指摘されるようになった。味覚情報と嗅覚情報の統合は大脳新皮質とみなすのが常識的であるが、中脳の上丘でも統合されている可能性がある。 1)北川智利:多感覚統合の法則, 視聴覚融合の科学, 岩宮真一郎(編著),コロナ社, p.5, 2014. (2020年9月作成)(2021年7月改訂) |