前のページで、味が「おいしさ」に必須で中核的役割を担っているとの結論を得た。しかし、「おいしさ」には五感が総合的に係わるという専門家の見解は、必ずしも間違っているわけではない。味以外の4官能特性も「おいしさ」に大なり小なり寄与している。では、味の以外の官能特性の寄与はどう捉えるのが適切であろうか。
4つの官能特性の中で、音が「おいしさ」に係わることもあるが、その程度は明らかに小さい。これは論ずるまでもない。次に、外観・色の係わりも小さいが、その役割は音よりは大きい。というのは、人の視覚は発達しており、五感の中で事象の把握が最も優れている。また、外観・色の情報から、過去の経験や知識に基づいて「おいしさ」をかなり的確に推察できる。とはいえ、肝心の食べ物が口腔内にある時は、外観・色からの情報は全く得られない。外観・色は「おいしさ」の推察・推量に大きく係わるけれども、「おいしさ」を発揮することには係わらない。
上の二つに比べると、香りとテクスチャーの係わりは、明確である。香りとテクスチャーが「おいしさ」において中核的役割を担うようにみえるケースも少なくない。また、好ましく感じられる味の多くは、香りを伴っている。
香りの専門家の多くは、「おいしさ」において香りが中核的役割を担っていると信じている。たとえば、淹れたてのコーヒーやうなぎの蒲焼きの香りには思わず引き寄せられる。嗅上皮で受容された嗅覚情報は脳の中枢系に直接伝わるので、香りによる情動は強烈である。とはいえ、好ましい香りの種類は食品毎に異なる。コーヒーの香りを付与されたうなぎの蒲焼きを想像すれば容易に理解される。また、味が存在しない条件下では、香りが「おいしさ」を発揮することはない。
香りについては、別の主張がある。松石は1)「美味しさを大きく決定しているのは、食品を口に入れてから感じる口中香である」と主張している。この主張は、上のコーヒーなどの例とは視点が異なる。松石は、ニンジンの味やトマトの味を例に、「これらの「味」は本当の味に口中香を加えたもの、すなわち風味あるいはflavor(フレーバー)に相当する」としたうえで、上の主張を展開している。しかし、口中香(呼気香:レトロネイザル香)は、味覚と統合されると味と認識されることが知られている。風味もその一つである。
テクスチャーでは、山野が2)「食べ物のおいしさは、テクスチャーで決まるといっても過言ではない」と主張している。確かに、ビフテキやトロの刺身あるいはご飯では、代表的なテクスチャーである噛み応え・嚙み心地が「おいしさ」の主要な役割を担っているように思える。ただし、好ましい噛み応えの特性は食品毎に異なることに注目したい。快いテクスチャーの特性は、食品毎に特有である。また、味が存在しない条件下では、テクスチャーも「おいしさ」を発揮することはない。
以上の説明を要約すると、味を除く4官能特性のうち香りとテクスチャーは、「おいしさ」の発揮に主要な役割を担っていると思える場面も少なくないが、その場合でも役割はあくまでも準主役である。外観・色と音は「おいしさ」の発揮に直接係わることはなく、影響するに留まる。
1) 松石昌典:食品のおいしさにおける口中香と鼻先香の役割, Aroma Research, 10(1), 43-45
(2009).
2) 山野善正:テクスチャーとは何か, 進化するテクスチャー研究, 山野善正(監), エヌ・ティー・
エス, pp.3-6 (2011).
(2020年4月作成)