嗜好性は、食味とともに、食べ物のおいしさを意味する。厳密にいうと、一般化された食べ物のおいしさである。食品分野の専門家は、食味よりも嗜好性の方をよく使用する。
食品の基本特性は、安全性・栄養性・嗜好性とされている。嗜好性は、食品の特性として重要な用語となっている。しかしながら、この嗜好性の使われ方には以前から違和感があった。嗜好性が食品のおいしさを意味する用語として使われているからである。というのは、嗜好は人の食品に対する好みを意味するのに、嗜好に「性」が付いて嗜好性になると、語の意味を食品の性質としての好ましさへと意味を大きく変化させている。
専門用語辞典をみると、栄養・生化学辞典では、嗜好性を「人や動物が好んで食べるかどうかの指標」と説明している。栄養・食糧学用語辞典は「食物に対する好ましさの度合い」である。どちらも、食品のおいしさであるとは明言せず、人(動物)の好みの意味を色濃く残している。嗜好性となっても、食品のおいしさの意味までは変化させていない。
そもそも、食品の基本特性の一つは、嗜好性でないと表現できないのだろうか。食品の基本特性は、食品の三要素と対応しているが、食品の三要素とは、安全・栄養・おいしさである。基本特性と三要素を比べると、安全と栄養がそれぞれ安全性と栄養性になっているのに対し、おいしさだけがおいしさ性とならずに嗜好性となっている。おいしさ性が用語として相応しくないのはわかるが、嗜好性も相応しいとは思えない。便宜的に嗜好性を採用したと推察できる。
嗜好性やおいしさ性以外に適当な用語がないかというとそうでもない。おいしさがしばしば美味しさと表記されることを思い出したい。つまり、嗜好性に代えて美味性とすることが考えられる。そうすると、食品の基本特性は、安全性・栄養性・美味性となる。安全性・栄養性・嗜好性よりは、明らかにバランスの良い。また、食品の三要素の安全・栄養・おいしさとの関係でも、おいしさの表記を変えて安全・栄養・美味しさとすれば、対応関係が明確である。
美味は、古くに伝わった伝来熟語で、使用頻度も高く、すっかり日本語に馴染んでいる。これまで美味が造語に活用されることはほとんどなかったが、近年ではたとえば美味技術学会が設立されている。また、川端が美味学を提唱したことがある。
補足すると、ここで述べたことは、食品分野での用語として使用する場合である。動物試験では、ラットがどれだけ食べたかが、試験対象の食品(餌)が好まれるかの指標になる。栄養・安全分野の専門家には、嗜好性の方が馴染みもあって便利な用語なのかもしれない。