標題の「おいしさ」は、食品のおいしさという意味である。食品のおいしさと書くと冗長になるので、「おいしさ」と記述している。人の感情である、おいしさを評価することは、まだまだ困難であり、評価できるのは、食味か「おいしさ」である。つまり、官能評価でも対象とできるのは、せいぜい「おいしさ」である。
官能評価は、人がセンサーとなる評価方法である。人が評価するのだから、「おいしさ」は容易に評価できそうである。しかし、実際には案外難しい。人には個人差があり、またTPOによって評価結果が影響されるからである。知りたいのは「おいしさ」なので、人による評価の変動は、ノイズとして除去の対象となる。また、食事空間の影響は、検査室を一定の条件にすることにより無視できるようにする。すなわち、官能評価とは、人に係わる要素と食事空間に係わる要素による変動を、ノイズとして除去(または無視)して、食品による評価の変動だけを抽出する手法といえる。
官能評価は、分析型官能評価と嗜好型官能評価に大別される。分析型官能評価は、食品を識別・区別することを目的にしている。上位目的は「おいしさ」の確保にあるが、直接「おいしさ」の評価を目的にしているわけではない。なお、分析型官能評価の一部では「おいしさ」の評価も実施されているであろう。しかし、それは分析型官能評価の主要な部分ではない。
一方、嗜好型官能評価は、人々の嗜好(好み)の評価を目的としている。嗜好型官能評価は、一見「おいしさ」を対象にしているような名称であるが、実際には直接「おいしさ」を対象にしているわけではない。というのは、嗜好と「おいしさ」は明確に異なるからである。嗜好は人の好みであるのに対し、「おいしさ」は食品の快い感覚を引き起こす性質である。単なる用語の問題ではない。嗜好型官能評価ではパネルは一般の人(消費者)というのが常識となっている。これは「おいしさ」を対象にしているならばあり得ないことで、嗜好を対象にしているとすれば納得できる。
このように、官能評価には「おいしさ」の評価を主たる目的にしたタイプがないことに気付く。官能評価の社会的ニーズは、主に「おいしさ」の評価であろう。「おいしさ」の評価を主たる目的にしたタイプの官能評価も必要である。そこで、この種の官能評価を美味型官能評価と名付けておく。美味型官能評価では、食品を対象に「おいしさ」を評価する。ここで重要なことは、パネルが美味型専門パネルとなることである。参考までに、分析型官能評価では分析型専門パネル、嗜好型官能評価では一般の人がパネルになる。
美味型専門パネルと分析型専門パネルの違いは、評価するおいしさの内容である。分析型専門パネルは、おいしさを評価する際も、自分がおいしいかどうかを評価する。これに対し、美味型専門パネルが評価するのは、「おいしさ」である。つまり、消費者が感じるであろうおいしさである。消費者がおいしいと感じるかを推量することは簡単ではないが、特に難しいことでもない。真面目に従事している食品流通業者なら、たいていは会得している。
「おいしさ」を評価している事業に、各種の品評会がある。品評会では、その分野の専門家が審査員を務める。味噌や醤油の品評会の審査員を10年くらい務めた経験からいうと、審査員にも専門家特有の“こだわり”があり、消費者の感覚とのズレも感じた。しかしながら、押さえるところを知っているためであろう。5〜10人程度による審査で選ばれた優秀品と、一次審査で落された製品との違いは、誰の目にも明らかであった。
品評会の審査員と美味型専門パネルの重要な違いは、特定の食品を対象とするか多様な食品を対象とするかであ。そのためもあって、美味型専門パネルには十分な素養と厳しい修練が必要である。とはいえ、訓練によって幅広い食品を対象にでき且つ評価も審査員のレベルに達した美味型専門パネルを育成することは可能と信じられる。