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おいしさと感性


 おいしさと感性というと、一見唐突な組み合わせかもしれないが、工学分野において感性はおいしさと同じような意味で使用されている。

  たとえば、相良が提唱している食品感性工学がある。ここでは、味覚物質などをセンサーで検知することとか検知したデータの解析などを食品感性工学の研究対象としている。都甲も、開発した味覚センサーで食品を測定して得られたデータの処理などを食感性の研究と主張している。

  感性は、広辞苑にあるように、「@外界の刺激に応じて感覚・知覚を生ずる感覚器官の感受性。A感覚によって呼び起こされ、それに支配される体験内容。従って、感覚に伴う感情や衝動・欲望をも含む。B理性によって制御されるべき感覚的欲望」と理解されていた。そのルーツは哲学に遡るというが、主に芸術分野で用いられる言葉であった。

  ところが、感性が工学分野や情報学分野に導入されて、物理的特性だけでは説明できない心理的な評価を含んだ意味として使われるようになると、感性の意味が拡がるとともに曖昧になった。例えばこの分野の代表的な研究者である長町は、感性を「あるものに対する感情や頭に描くイメージ」と 説明している。このように幅広い意味の用語としたことは、工学分野・情報学分野における感性の初期の発展には寄与したであろうが、曖昧な用語としているために本格的な発展には不都合になると思われる。

  感性が工学分野・情報学分野に導入されたたことは、感性がおいしさと同じように心に係わる点で注目される。従来おいしさが心に係わることであるために、これをブラックボックスとしてしまい、おいしさを全体として捉え ようとする姿勢に欠けていた。感性の導入が、この分野に新しい展開をもたらしてくれる期待がある。
 
 おいしさと感性に関して指摘しておきたいことが三つある。一つは、食感性は二つに分けて捉えるべきと考える。すなわち、観察感性と実食感性とも呼ぶべき二つの感性である。ここに観察感性とは食品を目の前にして視覚・嗅覚・触角などでおいしさなどを見極める感性であり、実食感性とは実際に食べて口腔内で味・匂い・テクスチャーなどでおいしさを感ずる感性である。観察感性は他分野での感性と同列に議論できるけれども、実食感性は食品分野特有の感性として取り扱わ れるべきである。

 というのは、対象を口の中に入れて評価するのは食品分野だけである。食品以外の分野での感性とは、本来的に対象(食品)を目の前にした感情であり、それが快い(おいしい)かどうかを見極める能力である。一方、食品分野の専門家も感性分野の専門家も、食品と感性の係わりを、感覚特性と感性の関係に集中している。この実食感性を他分野で使われている感性と同じとして議論すると噛みあわないはずである。

 二つ目は、感性は元々人が持つものであったが、工学分野に導入されると主として商品特性の一つとなっている。これは重要な変化である。この混同は、筆者が指摘してきたおいしさ における混同と似ている。おいしさも本来人の感情のはずであるが、食品の特性と捉える見方が根強い。 筆者は食品の特性としてのおいしさは、単においしさと呼ばず、食べ物のおいしさと呼ぶべきと主張してきた。感性も商品特性と捉える場合は、単に感性と呼ばず、たとえば感性品質と呼ぶべきことを指摘する。

 そして三つ目は、従来の感性が特別な人に備わっているあるいは到達しているとされているのに対し、工学分野では多数派の人が持つとされている。食品分野では食通が 味に厳しい人と一目置かれていた。しかしながら、食通が感性との係わりで論じられたことはない。ソムリエのチャンピョンだけができるワインの香りの識別も、従来型の感性らしい。 

  最後になってしまったが、是非指摘しておきたいことがある。食品分野において最も重要な感性は、食品(料理)の中に愛・旬・自然・伝統などの要素を感じ取ることと信じられる。これらを感じながら食べることが、おいしさを奥深いものにしてくれるからである。上述のように、味やテクスチャーが好ましいことが前提であるが、今日ではスーパーで販売されている食品でもそれなりおいしい。味やテクスチャーの綾よりも、愛・旬・自然・伝統などが感じられる食品(料理) へのニーズが高まっている。


(2014年3月作成:柳本)