1.生理学的根拠のある味とは
生理学的根拠のある味とは「受容体を中心にした生理学的知見により化学物質と認識(感覚)の関係が合理的に説明できることを根拠にした味」である。生理学的知見を“受容体を中心にした”で形容しているのは、生理学だけでは意味が広すぎるので、受容体で代表させるためである。認識(感覚)としたのは、生理学的根拠のある味の認識のレベルが感覚であることを反映させた。
2.生理学的根拠の要件
上の定義から、生理学的根拠ある味の要件は、@味が下に付く用語である、A味を与える受容体が解明されている、の2つを設定している。@の要件は、英語などでは問題なるかもしれないが、日本語では問題にならない。日本語では、主要な味の名称の下の語は必ず味が付く。その意味では不要かもしれない。Aの要件は、言い換えると、味に係わる受容体が学術的に認められていることである。受容体が味蕾に発現していることを要件にされることもある。しかし、本欄では、受容体が味蕾に発現しているかは、基本味の要件であって味の要件ではないと指摘する。
上で、味覚受容体とせず単に受容体としたことには訳がある。この受容体には味覚受容体以外の受容体も含めるためである。受容器官である舌には、味覚受容体とともに表在感覚受容体(痛覚受容体と圧触覚受容体および温度感覚受容体)の発現が知られており、その一部は味と認識される。味と認識される辛味などは、痛覚受容体などを活用してとはいえ、作用する刺激物は化学物質(たとえばカプサイシン)である。つまり、辛味の感覚は化学感覚である。物理感覚ではない。
3.確認している味
これまでに生理学的根拠のある味として確認したのは、「味の一覧表」に含まれる表のように10味である。具体的には、甘味、塩味、酸味、苦味、うま味、脂肪酸味、カルシウム味、辛味、炭酸味および冷味である。前の5味(甘味、塩味、酸味、苦味、うま味)は、基本味と呼ばれる。これに続く脂肪酸味とカルシウム味は、味覚受容体が関与することが確認されている。ただし、これらの2味は、味の認識が不明確という重要な問題を抱えている。ここに含めているのは、暫定的措置である。
辛味と炭酸味および冷味は、甘味などと異なり、味覚受容体でなく表在感覚(痛覚や温度感覚)が関与する。したがって、「表在感覚性味」と呼んでいる。
辛味としばしば一緒に語られる渋味は、複数の感覚種が関与する。複数の感覚種が関与する味は、脳内で感覚情報が統合されるので、生理学的根拠があるとはいえない。
4.生理学的根拠の特徴
生理学的根拠は、4種の根拠の中で最も確かといえる。研究者レベルでは、味とは生理学的根拠のある味のことである。物質的根拠のある味ですら、否定されることがある。その背景には、化学物質が味を呈する仕組みを科学的に解明してきた生理学の輝かしい歴史がある。また、受容体は呈味物質より認識に近い「物質」でもある。
ここで指摘しておくべきことに、生理学の進歩がある。生理学は現在も急速に進んでいる。その結果、生理学的根拠がますます確かなものになる反面、新しい知見によって生理学的根拠のある味の一部が否定されたり、新たに加わったりすることも考えられる。
5.生理学的根拠の妥当性
味といえるの4つの根拠の中で、生理学的根拠が最も信頼されている。物質的根拠より認識に近い事物に係わることが大きい。生理学的根拠があれば味といえることに疑いない。生理学的根拠は生理学的証拠と言い換えてもいいのかもしれない。味といえる四つの根拠の中では、科学的根拠と呼ぶのにいちばん相応しい。
とはいえ、味といえる根拠を生理学的根拠だけに求めることには、重要な問題が指摘できる。つまり、生理学的根拠があるのは、感覚レベルの味に限られる。知覚レベルや認知レベルの味については無力である。これは、生理学による解明が進んだのは専ら受容器・受容体での仕組みと脳への伝達の仕組みにすぎない。肝心の脳内における感覚情報の統合・加工の仕組みは、まだ手探りの状況にある。脳は味の認識の形成に重要な役割を果たしているが、現在の脳科学は味の認識を説明する段階にはほど遠い。この限界を、生理学的根拠では脳の役割を従属的に捉えることにより解決しているようにみえる。生理学的根拠といえども、物質的根拠をはじめとする他の根拠のある味を否定する資格はない。
(2023年11月作成)