1.味の名称の現状
味の分野では、基本味だけが味という通説がある。基本味だけが味ならば、何故「基本」という形容語が必要なのか不思議である。ところが、この通説は、専門家だけでなく、一般社会でも案外受け入れられている。そして食品の多様な味は、基本味の組合せで作出できると説明される。だから、基本味以外の味を味と呼ぶことに否定的である。その結果、レモンの味や優しい味はもちろん、辛味や渋味でも本当の味ではないと主張されている。しかしながら、色やにおいの現状と比較すると、味のこの通説は特異的である。
この通説を色に当てはめれば、色は三原色だけが色ということになる。黄色や茶色などは三原色で作出できるので、色と呼ぶことに否定的になるはずである。それでも色の分野では、原色以外に基本色、系統色名、慣用色名などを闊達に活用している。また、上の通説をにおいに当てはめると、においの名称は設定できない。単独の嗅覚受容体が与えるにおいは知られていないからである。にも係わらず、においの分野では、多様なにおいの名称を活用している。
味の分野でも、一般社会では多様な味名が広く活用されている。特に20世紀の後半になってそれが顕著になった。また、専門用語としても、特に官能評価分野や調理分野などでは必要に応じて味の名称が使用されている。一方で、雑多で無秩序に使用されている弊害も生じている。これらの味の用語のうち、味を表している味の名称を区別し、これを整理することが必要になっている。そのことが、いま専門家に課せられた課題である。
幸い、日本語では味の名称として味を下に付けた用語を使用する習慣がある。また多様な味名を活用している。この課題を取り組むのに、我々日本人は恵まれた環境にある。
2.味にも名称が必要
五感の認識には全て名称がある。基本味にも名称がある。名称がないと、他人とのコミュニケーションが困難であるし、自分で記憶することも難しい。名称を付けることによってコミュニケーションや記憶が容易になる。また、食品のおいしさにおいて最も重要な味も、基本味だけでは到底説明できない。いろいろな味を活用してこそ、食品のおいしさにおける味の重要性が理解できる。
3.味の名称には根拠が必要
味は生活に密着した言葉なので、一般社会でどのような用語が使われるのに制約はない。しかし、専門家はもちろん産業分野でも、使っている味の用語のうち味の名称といえるものといえないものを区別するのが望ましい。そのためには、それを判別する「味といえる根拠」が必要である。
ところが、基本味といえる根拠(要件)はこれまでも議論され提案されてきたが、味といえる根拠が提案された例は見当たらない。議論された形跡もない。そこで味といえる根拠を4種提案している。
@生理学的根拠
A物質的根拠
B物体的根拠
C言語的根拠
これ以外にも、脳科学的根拠も成り立つかもしれない。脳の役割は生理学的根拠に含められているが、実際にはブラックボックスになっている。脳科学により、感覚だけでなく知覚や認知についての理解が進む期待がある。
4.複数の根拠を併用する理由
味といえる根拠を複数提案したことには、違和感があるかもしれない。味を定義して、そこから味といえる要件を抽出し、その要件を満たしたものを味とみなすのが常識的である。しかしながら、味を定義することは簡単でない。そこから味といえる要件を抽出することはもっと難しい。実際のところ、ほとんど不可能である。
味の名称を整理する必要があるのに、味といえる要件を設定することができない。このジレンマの対処するために、味といえる4種の根拠を提案した。いわば次善の策である。
一つの基準で判定できる方が望ましいので、その可能性は今後とも追求する努力は必要である。そのためにも、ここで提案したような合理性のある味といえる根拠に基づいて、雑多で無秩序に使用されている味の名称を整理することが現実的である。味といえる蓋然性の高い味名を蓄積できれば、それを参考にして味といえる要件が設定できるかもしれない。
(2023年11月作成)