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甘味

甘味とは、「砂糖などが呈する味」である。糖の味ともいえる。甘味はエネルギー獲得のシグナルとされている。なお、この分野の専門家は、砂糖をショ糖あるいはスクロースと呼ぶ。

 甘味は味の中の味といえる。五基本味を表記する順序は人によりまちまちであるが、甘味が常にトップに挙げられる。筆者らの調査でも1)、五基本味の中で甘味の感知率がいちばん高かった。すなわち食品中でいちばん広く感じられる基本味は、甘味である。

 代表的な甘味物質は、砂糖である。砂糖はブドウ糖と果糖が結合した二糖類である。ところが、人類は歴史的に果物に含まれる果糖、あるいはデンプンが分解された麦芽糖とかブドウ糖に甘味を感じてきたので、不思議な事実ではある。科学技術の進歩によって獲得できるようになった物質が好きになっている。この点で、甘味における砂糖は、酸味における酢酸と似ている。

 甘味の強度は物質によって異なる。上述のように砂糖を加水分解するとブドウ糖と果糖になる。砂糖、ブドウ糖、果糖の中でいちばん甘味が強いのは果糖で、いちばん弱いのはブドウ糖である。なお、分解する前の砂糖と分解後のグルコースと果糖の混合物の甘味の強さはほぼ同じである。人工甘味料であるサッカリンやアスパルテームの甘味は砂糖よりもはるかに強く、それぞれ砂糖の500倍と200倍の強さがある。

 甘味には、味の修飾物質が知られている。たとえばギムネマ酸は、甘味を消去する。また、ミラクリンは酸味物質に甘味を感じさせ、SE-3と呼ばれる無味物質は甘味を強化する。

 甘味は本来的に好ましい味であることが、古くから注目されてきた。甘味の好ましさには濃度の上限がなく、いくら強くなっても好ましい。ただし、普段はあまり甘味を感じることのない食品では、甘味といえども好まれない傾向がある。しかし、それは違和感のためであって、甘味自体が嫌われているわけではない。

 甘味(あまみ)は“うまみ”とも読まれる。実際、甘味と旨味は似たところがあり、弱い甘味は旨味とも感じられる。漢字「旨」の下の「日」は語源的には「甘」が変化したものという。上の「ヒ(匙)」で舐めた甘いものは旨いのである。
 
 糖類のうちゲンチビオースには、苦味が伴う。というより、ゲンチビオースは苦味物質といわれることもある。ゲンチビオースと結合する苦味受容体はhTASS2R16である。ただし、ゲンチビオースは甘味も呈するので、少なくとも二つの受容体に作用している。苦味は毒物のシグナルであるとすると、ゲンチビオースには他の糖類にはない毒性を持つことになるが、そのような報告はない。

 甘味は、その受容機構が詳しく研究されている。概略を示すと、味の受容体は味細胞の先端に存在する。甘味物質が甘味受容体に結合すると、甘味受容体と共役するGタンパクなど複数物質が関与する反応を経て、細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇して脱分極する。この味覚情報は、末梢神経系に伝達されるが、この時に味刺激が電気信号に変換される。味覚情報は、特有の味覚神経系を通って、延髄孤束核を経て視床に投射される。視床から大脳新皮質第一次・第二次味覚野に伝えられて、甘味を感じる。甘味を感じるこの仕組みは、苦味やうま味でも、受容体の種類と味細胞における脱分極の仕方の詳細が異なるだけでほぼ同じである。ただし、塩味と酸味はやや異なる。

 甘味受容体は1種類しかない。その構造はT1R2/T1R3のヘテロ2量体である。T1R2/T1R3は、Gタンパク質共役型受容体で、T1Rファミリーに分類される。この受容体のリガンド(感覚刺激物質)の特異性は低いので、糖類だけでなく、糖とは構造が全く異なるサッカリンやアスパルテームなどとも結合する。この特性を利用したのが、人工甘味料である。なお、これらの人工甘味料は、これを目的に合成されたものはなく、いずれも偶然に発見されたという。

 甘味受容体は、口腔内だけでなく内臓でも発現していることが知られている。しかし、我々が内臓で甘味を感じることはない。内臓からの味覚情報は延髄の孤束核までは伝達されるが、大脳新皮質の第一次味覚野には届かないためである。この事実は、甘味刺激の受容があっても口腔内での受容でないと味として認識されないことを示している。

資料
1) 柳本正勝:5基本味の好ましさの分析, New Food Industry, Vol.57, No.11, 50-56 (2015).

(2017年1月作成)(2021年8月修正)