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塩味

塩味とは「塩化ナトリウムが呈する味」である。食塩とせず塩化ナトリウムとしたのは、市販の食塩には不純物が含まれていて、一般に苦味を伴うためである。塩味のみを呈する物質は、塩化ナトリムだけとされている。塩味は基本味の一つであり、ミネラルのシグナルとされている。塩味こそが、いちばん基本的な味覚という意見も根強い。

 上述のように、塩化ナトリウム以外の塩味物質は、一般に苦味を伴う。この事実は、塩味物質の大部分が苦味受容体にも結合することを意味する。また、苦味は毒物のシグナルという通説に従うと、塩化ナトリウムだけが特別な存在ということになる。

 塩味は生得的に好まれる味とされている。しかし、この見解は疑問がある。というのは、高濃度の塩味は忌避されることが知られている。食塩の濃度は、0.5〜1.0%が嗜好的に適正な濃度とされる。これより低い濃度では、塩味が強くなると食品を好ましくするし、これより高い濃度では塩味が強くなると忌避される。塩味は、好ましい味の濃度範囲が狭い。

 少量の食塩は、甘味を強化する。これは味の対比効果と呼ばれている。

 現在の食事指導において、過剰摂取が指摘されている代表例に、エネルギーと食塩がある。日本人の食事摂取基準2020によると、成人男性の食塩の摂取目標量は7.5グラム未満である。かつては10グラム未満だった。食塩の摂取量はまだ多すぎるといわれながら、着実に減少してきた。食事指導が食塩に対する嗜好に影響を与えたことは疑いない。教育(情報)が味覚に望ましい影響を与えることのできた事例といえる。

 塩味の受容体はENaCがよく知られている。一方、高濃度の塩味に対する受容体はTRPV1tとされている。これら以外にも3種類程度あるといわれているので、塩味の受容体は5種類あることになる。なお、低濃度と高濃度で塩味の受容体が異なることは示唆的である。低濃度の塩味は好ましく、高濃度の塩味は好ましくないことを裏付けているようにみえる。

 塩味には、読み方に混乱がある。すなわち、“えんみ”と読むか“しおあじ”と読むかである。常識的には基本味の塩味は“えんみ”であろう。ところが、“しおあじ”にも根強い支持がある。たとえば、専門辞書の食辞林とか日本工業規格(JIS Z 8044)では、“しおあじ”を採用している。基本味の塩味は“えんみ”が正しいと信じられる理由は二つある。一つは、他の基本味では味をいずれも「み」と読んでいる。この点で塩味を例外とすべき理由は見当たらない。もう一つは、イチゴ味や醤油味の仲間である味付けを意味する塩味は、“しおあじ”と呼ばれることである。一般的にはこちらの方の用例が多いので、この呼ばれ方に引きずられたと推察できる。

 甘味は甘いが、塩味は塩(えん)いとも言わないし、塩(しお)いとも言わない。塩辛いとかしょっぱいといわれる。この辺の事情は酸味と似ているのであるが、いちばん基本的な味覚とされることがあるにしては、塩味の用語には曖昧さがある。もっとも、かつては鹹味と呼ばれていた。塩味になったのは、鹹味の鹹が常用漢字表に採用されなかったためであろう。

 昔は、辛味も塩味もそして酸味も区別されずに、からいといわれた。現在も塩辛いといわれるのは、この名残である。甘辛煮とは、砂糖と醤油(つまりは塩味)で味付けした料理である。本来は、甘塩煮と呼ばれるはずであるが、これだと意味が異なってしまう。一般社会における塩味と辛味の混同は、当分続きそうである。

(2017年1月作成) (2021年8月改訂)