脂肪酸味とは「脂肪酸が呈する味」である、と定義することには躊躇がある。脂肪酸受容体の存在は明らかになっているが、脂肪酸自体の味が曖昧なためである。
脂肪酸は、長鎖炭化水素の1価のカルボン酸の総称で、代表的な脂肪酸にはオレイン酸やリノール酸がある。オレイン酸にも弱いながら味がある。たとえば、食品添加物公定書解説書によれば、オレイン酸ナトリウムの性状を「特異なにおいと味がある」と説明している。そして、下記のように脂肪酸受容体についての信頼できる報告がある。したがって、味覚性味と呼べる条件が揃っている。味覚の研究者である重村は、この味を脂肪酸味と呼んでいる。ところが、脂肪酸受容体の専門家は、脂味とか脂肪の味と呼び、脂肪酸味と呼ぶことはない。
脂肪酸受容体として認められているものに、CD36とGPR120(およびGPR40)がある。特にGPR120(G protein-coupled
receptor120)は名前の通りGタンパク質共役型受容体であり、甘味受容体などと共通の構造を持っている。CD36(cluster of differentiation)も膜タンパク質であることが確認されている。これらの受容体はラットを用いた研究であり、人の舌で発現していることを直接には確認していない。もっと大きい問題は、実験ではリガンドとして脂肪酸を使用しているのに、脂肪受容体を見付けたということである。そして、第六の基本味を見付けたと主張する。しかも、これらの論文では、脂味の認識には言及していない。精製した脂肪には味も香りもないことが知られているので、脂味が基本味と認められることはない。
脂肪酸の味認識に関する論文も出ている。Cordeliaらは1)、長鎖脂肪酸(オレイン酸やリノール酸など)の味が、五基本味や短中鎖脂肪酸の味とは異なることを確認した。脂肪酸が独特の味を呈することは疑いない。この論文でも、結局oleogustus(脂味)は第六の基本味であると主張している。
今求められているのは、脂肪酸味と脂味が異なる味であることを確認することである。味の一覧表では、脂肪酸味を大カテゴリー「単独物質味」に分類し、脂味は大カテゴリー「複数物質味」に分類して、明確に区別している。なぜなら、脂肪酸味を呈するのは単独物質の脂肪酸であるが、脂味には味だけでなく香りおよび触感も関与すると信じられるからである。そして、脂味に関与する味は、脂肪酸味である蓋然性が高い。
脂肪酸には弱いながら味が感じられる。基準物質はたとえばオレイン酸といえる。そして、舌において受容体の発現が推察できるのだから、脂肪酸味には基本味かどうかを議論する資格がある。
しかしながら、脂肪酸味が基本味であると認められる可能性は低いと推量する。まず、現在知られている脂肪酸味が脂肪酸受容体によるものかも、まだ確認されていない。少なくとも酸味が混じっている。また、五基本味に比べて、脂肪酸味は味の感覚が弱いことが指摘できる。とはいえ、脂肪酸味が基本味である可能性を視野に入れて研究すれば、脂肪酸味の解明に役立つだけでなく、基本味についての理解を深めることにも役立つと期待できる。
参考資料:
1) Cordelia A. Running, Bruce, A. Craig et al.: oleogustus: The Unique Taste of Fat, chemical Senses, 40, 507-516, 2015.
(2019年12月柳本作成)