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カルシウム味

カルシウム味とは「カルシウムが呈する味」である、とはいい難い。というのは、カルシウムの受容体はほぼ明らかになっているが、カルシウム自体の味が明確でない。

 カルシウムはアルカリ土類金属で、栄養学的には多量ミネラルの一つである。骨の代謝に必要で、骨の健康を通して、フレイルに関係すると考えられている。日本人の食事摂取基準では、成人男子(30-49歳)の推奨量が738mg/日となっている。にもかかわらず、摂取量が必要量にも達していない栄養素でもある。人に何らかの形でカルシウム味を感じる仕組みが備わっていても不思議ではない。

 カルシウムの味は、無味とされるなど、はっきりしない。肝心の認識が曖昧なのに、味に含めているのは、信頼できる論文で受容体が報告されているためである。だから、味の一覧表ではカルシウム味を「受容体確認味」に分類している。

 カルシウム味の受容体とされているのは、CaSRである。CaSRは、Calcium Sensing Receptorの略語で、カルシウム感知受容体と訳されている。カルシウム受容体と呼ばれないのは、元々、体内のカルシウム濃度を定常に保つためのセンサー機能を果たす受容体として発見された経緯がある。CaSRは、副甲状腺や腎臓などに発現している。この受容体は、Gタンパク質共役型であり、膜タンパク質である。味細胞でも発現していることが確認されており、味の認識が明確であれば、カルシウム味は味覚性味と明言できる。

 CaSRに加えて、甘味受容体のサブユニットであるT1R3が、カルシウムの受容に関わっているという報告もある。著名な研究者の論文であり、舌に発現していると主張している。しかし、CaSRほどには信頼されていない。この論文では、カルシウム味が第六の基本味と主張している。

 CaSRに関し、意外な事実が明らかになった。CaSRのアゴニスト(作動物質)であるトリペプチドのGSH(γ-Glu-Cys-Gly)やグルタチオンが、コク味に関与する物質であることがわかったのである。このトリペプチド自体は、嗜好濃度では無味であるが、他の成分と共同でコク味を呈する。この事実から、CaSRが舌で機能しており、その感覚情報が何らかの形でコク味の認識に関与していることは明らかである。嗜好濃度では無味といっているので、カルシウム味は感じられていない。

 CaSRからの感覚情報が、カルシウム味とは全く別のコク味の認識に関与している事実は、一見唐突であるが、仮説の提示が可能である。具体的には、カルシウム味(「単独物質味」)の感覚情報が他の味覚情報と統合されてコク味(「複数物質味」)と認識される、と説明する。この仮説は、単なる思い付きではない。味の分野に関連が想定できる事例が二つある。一つは、「単独物質味」のうま味が関与して「複数物質味」の旨味が認識されている。もう一つは、「単独物質味」の脂肪酸味が関与して「複数物質味」の脂味が認識されていると推定している。この2つの事例から演繹すれば、カルシウム味が関与してコク味が認識されているとみなせる。このような提案がないのは、従来は「複数物質味」を認めていなかったためと考えられる。

 ただし、他の二つの事例に比べて今回の例では、味の認識がより曖昧という事実があるし、カルシウム味とコク味の関連が薄いという事情もある。前者はそれほど重要でない。受容体からの感覚情報の存在が重要なのであって、その感覚情報自体が味と認識されるかは別問題である。後者は、提示した仮説でも説明が難しい。しかし、奇妙な事象として放置するより、蓋然性のある仮説を検討する方が生産的である。

 カルシウム感知受容体がコク味に関与しているらしいという仮説を提案した。それが舌に発現しているカルシウム感知受容体の主な役割なのかは、まだわからない。その結論を導くには、カルシウム味についての研究がまだまだ不十分である。

(2019年12月柳本作成)