苦味とは「キニーネやカフェインが呈する味」である。苦味物質には、アルカロイド、テルペン類、フラバノン配糖体などがあり、苦味を呈する物質は数千種類あるとされている。
苦味も五基本味の一つであり、毒物のシグナルとされている。また、閾値も他の基本味と比べると非常に低い、すなわち感受性が非常に高い味である。感覚の重要な目的は危害からの回避であり、味覚の進化においても苦味が最も重要だったという意見がある。
苦味は生得的に嫌われる代表的な味でもある。だから、他の基本味には調味料が存在するが、苦味だけには苦味調味料がない。必要ないからである。ただし、大人の味とされ、学習により好まれるようになる。また、少量の苦味を含むことは、食品の味にアクセントと深みを与えると主張されている。山菜には多少苦味のある方が人気はあるし、コーヒーに苦味がないと、飲む人は戸惑うであろう。
上述のように、苦味調味料は存在しないが、製造工程で苦味が付与される食品にビールがある。ただし、苦味素材であるホップも、元々は抗菌作用を期待したものであった。
男性が女性よりも好む味とされてきた。これに対し、女性の方が好むとされるのは甘味である。現在もこの傾向はあるが、かつてほどは強調されなくなった。男女による苦味と甘味に対する嗜好の違いは、性差によるものだけでなく、ジェンダーの影響も大きかったと推察される。
五基本味の中では、苦味は甘味の反対の味といえるが、日本語的には甘いの対義語は辛いである。苦味と辛味が似ているかというと、そうではない。苦味はむしろ渋味と似ている。官能評価用語の苦渋味は、苦味とも渋味とも区別できない味を指すことがある。そして、渋味はえぐ味と似ているので、苦味と渋味およびえぐ味がグループを形成しているようにみえる。
最初に発見された味覚受容体は、苦味受容体であった1)。苦味受容体は、T2ファミリーのタンパクなので、T2Rsと表記される。最後に「s」が付くのは複数あるためで、人の苦味の受容体は25種類とされている。甘味とうま味の受容体は一つで、塩味と酸味の受容体は五種類と推定されているので、その多さは際立っている。苦味は毒物のシグナルなので、苦味物質を見落とさないためであろうと考えられている。
苦味は苦い。こういうと当たり前のように思えるが、五基本味のうちこのように表現できるのは他には甘味しかない。他の3つの基本味では、このような表現はできない。この事実は、甘いと苦いが味を表現する言葉として早い時期に成立したことを示している。
上で苦味は毒物のシグナルと書いたが、苦味で検出できる毒物は急性毒性に限られることを指摘しておく。もし全ての毒物が苦味で検出できるのであれば、食品安全委員会はいらなくなる。特に慢性毒性や発がん性に係わる毒物の多くは、苦味では検出できない。だから、科学的な試験によるリスク評価が必要である。
1) M. A. Hoon, E. Adler, J Lindemeier, et al.: Putative mammalian taste
receptors: a class of taste-specific GPCRs with distinct topographic selectivity.
Cell, 96(4), 541-548 (1999).
(2017年1月作成) (2021年7月訂正)