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基本味とは

基本味とは、甘味・塩味・酸味・苦味・うま味である。5種あるので、しばしば五基本味と呼ばれる。

 基本味を定義した例は案外少ない。その中でいちばん権威がありそうなのは、国際規格のISO 5492(官能検査―用語)である。ここでは、基本味を「特有の味(distinctive tastes)であるもの」と定義している。この定義は、「特有の」という条件を満たす味になるが、条件の具体性が乏しい。一方、日本工業規格のJIS Z8144(官能評価分析―用語)では、通常はISOに準拠することが多いのであるが、基本味は「味覚の質を表す最も基本的な要素」と定義して、ISOの定義を大幅に修正している。JISの定義では、味と味覚を混同しており、そのためもあって、基本味の条件に言及していない。

 基本味は、熟語ではなく、味を「基本」という修飾語を付した用語なので、味のうち基本という条件を満たす味と捉えるべきである。この見解を踏まえ、本サイトでは基本味を「味覚受容体と呈味物質および味名(味の認識)の三要素が揃っている味」と定義する。
 
 基本味の考え方の原型は、アリストテレスによる、七つの味の要素の提唱に遡る。その後多様な説が提唱されてきたが、影響力の大きかったのは、全ての味は4種の基本的味を頂点とした正四面体で示せると提唱したヘニングの説である。この正四面体説は、4種の基本的味のうち3種ごとの組合せで、全ての味が表現できるという、今からみれば荒唐無稽な説であった。しかし、わかり易かったためであろう。広く受け入れられた。欧米では、現在でも四基本味説が根強い。なお、ヘニングの四基本味は、甘味・塩味・酸味・苦味である。

 基本味は、原味と呼ばれた時代もあった。これは色分野の原色を意識した用語だったと推察される。上のヘニングの説が正しければ、四原味と呼べる。しかしながら、基本味を原味と呼ぶのは無理がある。まず、基本味により他の全ての味を作出することはできない。また、基本味は全てが同質とはいえない。具体的にいうと、基本味は甘味・塩味・苦味の3味と塩味・酸味の2味に大別できる。甘味などはⅡ型味細胞で受容されるのに対し、塩味などはⅢ型味細胞で受容される。そして、Ⅱ型細胞は遊離化学受容器に由来し、Ⅲ型細胞は一般化学受容器に由来するのだから、進化的にも異なった味細胞である。

 古い時代の日本では、5味の考え方があった。栄西の喫茶養生記(1211年)に初期の記述例がある。5味とは、甘味・醎味(塩味)・酸味・苦味・辛味である。5味は五基本味に再編されたが、その際、辛味を除外してうま味を追加した。辛味が除外されたのは、辛味は痛覚であって味覚でないことが科学的に明らかになったためである。うま味が加わったのは、うま味の受容体が明らかにされたためである。うま味は日本人の池田が提唱した味で、基本味であることが学術的に認められた。

 基本味には味覚受容体が関与するので、味覚性味と呼ぶことができる。わざわざ味覚性味と指摘するのは、味には味覚性味の外に痛覚性味と温度感覚性味および触覚性味も存在するためである。痛覚性味には辛味と炭酸味があり、温度感覚性味には冷味がある。そして、触覚性味には渋味とえぐ味がある。これらの味は基本味とはいえないが、味であることには違いない。特に辛味と渋味は、昔から味とみなされてきた。

 全ての味覚性味が基本味というわけでもない。味覚性味であるが基本味でないものに、アルカリ味、金属味、カルシウム味および脂肪酸味がある。このうちアルカリ味と金属味は、味の認識はあるが味覚受容体の発現が確認できない。逆に、カルシウム味と脂肪酸味は、味覚受容体の発現は立証されたけれども、肝心の味の認識が明確でない。したがって、これらの味は基本味とはいえない。しかしながら、味覚性味であろうと推定できるので、味の一覧表では暫定的に味覚性味に含めている。今後の研究展開によっては、基本味や味覚性味についての理解が変わる可能性もある。

 最後に、上で示した基本味の定義のうち、③味名(味の認識)はあまり指摘されることがないので、少し説明しておく。味は脳における認識に外ならないので、味の認識は重要である。ところが、味の認識は、脳における認識部位が第二次味覚野であることが特定されている程度で、味の認識そのものを実験的に確めることはできない。そのために、味など認識が不確かな化学感覚では、認識の存在はそれを表す言葉の存在を根拠にするしかない。味名とはこの味を表す言葉である。なお、味の分野では味質がしばしば使用されるけれども、味質は味の認識が物質(食品)に写像されたものであり、結局は言葉で表される。

(2019年12月作成)(2022年6月改訂)