素朴な味は「口に入れた時に素朴と感じさせる好ましい味」と説明している。これでは説明したことにはならないので、もう少し具体的にいうと、多少難点のある味や香りも含んでいるけれども、それが素材の特徴の表れとして好ましく感じられる味である。
素朴な味も味覚ではない。マルチモーダル知覚(多感覚知覚)の味でもなく、マルチモーダル認知(多感覚認知)の味と考えている。というのは、素朴な味という概念は、素朴でない食品との比較から形成されると考えられるためである。すなわち、素朴な味は記憶との照合を伴っている。
味覚も嗅覚も素朴な味に関与するであろう。表在感覚も関与すると思われる。しかしながら、具体的に何かを特定すること不可能である。多くの場合、摂食者と食品の組合せで素朴な味を感じている官能特性が変わるためである。
素朴な味は、「味の一覧表」の小カテゴリー「形容動詞型」に含まれる味である。形容動詞は日本語独特の品詞で、日本語教師は外国人の生徒には「な形容詞」と教えるという。この小カテゴリーに含まれる味は17種あり、その中には、まろやかな味、上品な味、さわやかな味などがある。
広辞苑にも素朴な味の項目はないが、素朴の項目はある。そこでは「@人為がなく、自然のままである。Aかざりけがなく、ありのままのこと」と語釈している。特にAの説明が素朴な味の素朴に該当する。素朴な味をよく感じている人は、食品や料理は飾りけがなく、ありのままが良いという信念を持っている。そして、その対極にあるのは高級レストランの豪華すぎる料理であり、コンビニのうわべだけを取り繕った食品である。
素朴な味は、言葉としての使用頻度が案外高い。「形容動詞型」の味の中では、聞蔵(朝日新聞)でのヒット件数が1,533件といちばん多い。また、「素朴な味/素朴な」の比率(共起率)が高い味でもある。さらに、素朴な味は素朴な味わいとも表現できる。この素朴な味と素朴な味わいの意味の違いは、説明できないでいる。
素朴な味は、おふくろの味と通じるところがある。どちらも官能試験的には最高点をとるような味ではない。むしろ、指摘されるような欠点を内包している。それを素朴な味やおふくろの味の一要素として捉え、そこにもっと大きな価値を見出しているのである。
つまり、食べ物のおいしさを謳歌する味というより、そうような味も認めたうえで、本当はこのような味が大切だと信じる人が脳で感じる味である。少なからぬ人が、事業者の都合によって素材の良さが失われているという懸念を持っていることの裏返しにみえる。
(2021年7月作成)