おふくろの味は「おふくろを思い出させる食品の味」と説明できる。おふくろの味も、慣用味名の一つである。嘗てほどではないにせよ、おふくろの味は、日本人の特に地方から都会に出た男性から熱烈に支持されてきた。
慣用味名の味は、認識の内容が食品ごとに多少異なるのが一般的であるが、おふくろの味はその程度が特に大きい。全く異なると言って過言ではない。食品の特性よりも、食べる人の食経歴による影響が大きいためである。
おふくろの味も味覚ではない。おふくろの味に関与する感覚としては、まず味覚がある。嗅覚も関与していると推察できる。表在感覚や色覚も影響することもあるが、しないこともあると思われる。おふくろの味は、味の認識過程においておふくろが作ってくれていた料理の味の記憶との照合を伴っている。つまり、おふくろの味はバイモーダル認知(双感覚認知)またはマルチモーダル認知(多感覚認知)の味である。
おふくろは「息子が他人に対し、自分の母のことを親しみを込めてややぞんざいにいう語(類語新辞典)」なので、母と同じである。「おふくろの」に続く語をコーパス検索アプリケーション「中納言」で検索すると、味が続く比率(共起率)が73.0%と非常に高い。おふくろという言葉は、現在ではおふくろの味の中で生き残っているようにみえる。
しばしば、おふくろの味には最高のおいしさがあるように語られる。しかしながら、おふくろの味は、官能評価試験によるとあまり高い点数は得られないはずである。というのは、かつての嫁の地位は低かった。嫁たるおふくろは、ありふれた食材を使い、簡単な調理器具を使って、短時間に調理した。高級料理とはほど遠い。しかし、子供の頃から食べ慣れた味なので、本来的においしい。その味でおふくろを思い出せば、一流のおいしさになる。さらに苦労して育ててくれたおふくろへの感謝が含まれていると、最高のおいしくなる。おふくろの味は、食品のおいしさの一面を物語っている。
このように、おふくろの味には特別な響きがある。このためであろうが、書籍や記事では、アイチャッチに使用されることが多い。書籍や記事の標題や見出しがおふくろの味となっていても、本文ではおふくろの味が全く登場しないことも珍しくない。
おふくろの味と母の味は、本来同義語である。ところが、その意味は明確に異なる。母の味は一般に客観的に評価されるのに対し、おふくろの味は上述のような熱い思いが含まれて主観的に評価される。同義語にはもう一つ、ママの味もある。ママの味は、調理者であるママが子供に自分の料理について語る味である。
実は、おふくろの味は味の特徴よりも食品を意味する用例の方がずっと多い。だから、おふくろの味とは肉じゃがとか味噌汁などであるといわれる。とはいえ、味の特徴を意味することも根強く残っている。なお、上で述べた母の味とママの味は、主に味の特徴を意味する。
(2019年12月作成)(2021年7月修正)